ビッグファーマ /製薬ビジネスの裏側
2020年11月、「NHK世界のドキュメンタリー」という番組の中で、「ビッグファーマ 」と呼ばれる巨大製薬会社によるビジネスの実態に迫る調査報道番組がありました。
フランスで製作されたもので、日本ではあまり知られていないような内容もありましたので、皆様にも巨大製薬会社による利潤追求ビジネスの実態やその被害を知り、知見を深めて頂ければと思い、私見を踏まえ内容を伝えたいと思います。
米国で最も憎まれた男/マーティン・シュクレリ
皆様もこの名を耳にしたことがあるかも知れません。
2015年8月、60年以上前に開発されたマラリアやエイズの患者にとって生死を分ける治療薬「ダラプリム」のアメリカ国内販売権を買い取り、その薬価を1錠13$50c(約1,500円)から750$(約86,000円)へ値上げした、米製薬ベンチャー「チューリング・ファーマシューティカルズ」の創立者、元CEO、マーティン・シュクレリ。2015年12月、証券詐欺罪の連邦犯罪で告発され、逮捕。
「強欲の象徴」「米国で最も憎まれた男」として知られる彼ですが、製薬ビジネスの実態を現す良い例かと思います。彼の思考、発言は倫理観を完全に排除した資本家そのもので、製薬会社の経営幹部が実行、及び考えてはいるが、口が裂けても言えないような闇の部分を、なんの悪気もなく、あたかも当然のものとして発しました。
彼はダラプリムの薬価を釣り上げた理由として、大きく以下の2点を主張。
1.値上げして出資者へ還元することが義務、企業の役割は利益の最大化
2.資本主義社会だから資本主義の理論で動く
上記の2点の言い分は、言葉だけを取れば株主を最上位と置くアメリカ企業文化において、至極当然の言い分です。
ですが、彼の1番の問題は「倫理観の欠如」。法では規制できない、法の抜け穴を探り、実行し続けることは資本主義の歴史そのものとも言えますが、人を顧客とする以上、倫理観は必須。
顧客に嫌われては、事業の継続は難しい。それがわかっているから、ビッグファーマの経営者たちはそんなことは口が裂けても言いません。顧客から進んで嫌われることに、メリットを見出さないからです。
政治評論家のロバート・B・ライシュは本件について、
「シュクレリが犯した間違いは、他の多くの人たちがウォール街や社内の重役室でやっているのと同じことを堂々とやってしまったことだ」
と言っていますが、まさにその通りかと思います。
案の定、度を越して嫌われた彼は国にマークされ、法に引っかかる部分はないかとFBIに徹底的に調査され、逮捕に至りました。
いっときのライブドア、堀江貴文さんの逮捕を思い起こさせます。
圧倒的な行動力、経営的資質を備えていても、言い方、行動を間違えれば弾かれてしまう。
私は堀江さんのファンの一人で、彼の著書「ゼロ」は愛読書の一つでもあります。彼はその中で、過去の行いを振り返り、以下のように記しています。
『これまで僕は、自分一人で突っ張ってきた。裸の王様を指差して、世の中の不合理を指差して、ひとり「なんでみんなネクタイなんかしているの!?」と大声で笑ってきた。それでみんな気付いてくれると思っていた。でも、そんな態度じゃダメなのだ。世の中の空気を変えていくには、より多くの人たちに呼びかけ、理解を求めていく必要がある』
本当に深みのある言葉で、今のシュクレリ氏であれば深く同意するのではないでしょうか。
私自身、常に意識し、心掛けている金言です。
ビッグファーマ の力
製薬の多くは大手製薬会社が担っており、その力は絶大です。
以下は2020年度の製薬会社売上高世界トップ10です。
時価総額で言うと、
・J&J(ジョンソン&ジョンソン) 4,208億ドル
・ロシュ 2,611億ドル
・ファイザー 2,049億ドル
・ノバルティス 2,041億ドル
といった状況で、上記4社は世界トップ50にランキングしております。
これほどに絶大な力とシェアを持つことにより、臨床で問題が起きても、もみ消すことが容易な状況を作り上げました。
てんかん治療薬/デパキン
てんかんの治療薬として、サノフィが製造、1967年より販売するデパキン。この薬には恐るべき副作用があり、妊婦が使用することで胎児に大きな影響 、生殖器に先天的障害 言語、コミュニケーション障害、自閉症等のリスクが10〜40%高まることが判明しました。
サノフィは保健当局にリスクの全てを伝えておらず、医師らは「全く問題ない」として使用していたが、被害者の数が数万人に及び、発売から約50年たった2015年にようやく注意書きが改訂され、リスク表示がされるようになりました。
デパキン使用による一連の問題について、サノフィ幹部は以下のように証言している。
・デパキンはてんかん薬として効果が期待できる
・保険当局へは規定の報告を行なっている
「申請時に注意喚起できたのでは?」と言う質問に対し、
・把握した情報は全て報告している
・国の調査機関の調査の結果、2004年以前にデパキンと胎児の神経系の発達との関係を断定することは不可能と結果が出ており、我が社は2003年に全ての資料を提出している
・私たちの努めは、保険当局に情報を伝えること
・我が社は透明性を確保し、定期的に報告をしている
と全責任を保健当局になすりつけ、逃れようとしましたが、デパキン使用による被害者の会会員は数千人にまで上り、被害者の会はサノフィ、保健当局を告訴。 2020年7月、裁判所は国の責任を認め、巨額の賠償金支払いを命じました。また裁判所は、サノフィやデパキンを処方した医師らにも責任があるとの判断を示しています。
そして裁判所は同年11月、『妊娠中のデパキン服薬リスクの警告を長期間放置した』として、サノフィ、及び医薬品当局が過失致死罪で予審対象となっていることを伝えています。
ブロックバスターを狙う製薬会社
『ブロックバスター』とは、元々は第2次世界大戦当時イギリス空軍が使用した大型爆弾のことで、街の1ブロックを吹き飛ばすほどの威力があったことから名付けられました。
これが派生して、医療業界では『従来の治療体系を覆す薬効を持ち、他を圧倒するシェアや全く新しい市場の開拓、莫大な売り上げにより開発費を回収する以上の利益を生み出す新薬』を指す言葉となりました。
1960年代に医薬品に対して特許権が付与されることとなり、製薬会社はこぞって特許権、販売の独占権を得るための戦略を取るようになりました。
薬剤の販売において重要な副作用といった潜在的有害性を明らかにするには、大規模な臨床試験が必要でした。しかし、効力が明らかであるなら、小規模な試験で、統計的に優位な結果を提示し、それが認められるようになっていきました。また、副作用等のデータについても、実施した施設以外のデータは製薬会社が保管し、データへのアクセスが困難な状況となっています。
更には架空の論文、臨床データをでっち上げ、認可に至ったというケースまで存在しています。
薬価を巡る問題
大腸がん治療薬『アバスチン』
ジェネンティック製薬が開発した、大腸がん治療薬アバスチン。
このアバスチンが、失明に至る病気で世界中に患者がいる『加齢黄斑変性』の治療に効果があることが判明しました。
アバスチンはがんの治療薬として価格が設定されていたので、比較的安価に購入することができ、治療に活かすことができました。
これに目をつけたノバルティスは、加齢黄斑変性の治療薬として、アバスチンとほぼ同じ成分の『ルセンティス』を開発。
加齢黄斑変性の患者は、アバスチンを使用すれば50$の治療費で済むが、ルセンティス使用となれば40倍の2,000$へと跳ね上がることとなりました。
ロシュはジェネンティックを買収し、アバスチンを販売していましたが、ノバルティスと戦略的提携関係にあるロシュ(ノバルティスはロシュの大株主で約1/3を保有)は、薬の転用が気に食わない。
ルセンティスが開発されても、医療機関は価格の低いアバスチンを使い続けました 。なぜなら、複数の国際的な研究で、薬の効果がほぼ同じと示されていたからです。加齢黄斑変性の治療にあたり、薬価が40分の1のアバスチンを使用していれば、国の医療費を年間200万ユーロ削減できる。そのお金があれば、看護師を年間50人雇用できる計算です。ルセンティスの方がより使いやすいというメリットはありました(アバスチンを加齢黄斑変性の患者に使うには、注射器に移し替える必要があった)が、その手間に1,500ドルの価値がないのは明白であり、まともな医者は誰も使用しませんでした。
薬の転用が気に食わないロシュとノバルティスは、加齢黄斑変性の治療にアバスチンを使用しないようフランス政府へ法的手段をとります。
長い審議の末、ロシュとノバルティスの提言は棄却され、アバスチンの目の使用が認められましたが、時すでに遅し。眼科医にとって保険の規則が複雑になりすぎ、多くの医師がアバスチンの使用を諦める結果となっていました。
ロシュ、ノバルティスの目論見通り、フランスでは、ルセンティスの使用が一般的となっています。
なぜこのようなことが起きるのかというと、スイスの製薬会社は優秀かつ国家並みの力を持っており、またEUの加盟国ではないため、フランスが何かを指示することは非常に困難な状況となっているからです。
ロシュはこの件に関する取材を徹底拒否、書面でならば応じるとのことで、以下の返答をしています。
なぜアバスチンを眼科治療に適した形(注射器型)にして販売しないのか?
→我が社は、既存の薬では対応できない医療ニーズを満たすために薬を開発している
本件に際し、イタリアでは、違法な価格操作として2社へ1億8000万ユーロの罰金が科せられ、フランスでも調査対象となってはいますが、こう言った事例は氷山の一角です。
C型肝炎治療薬『ソバルディ』
2014年、C型肝炎の治療薬として、ファーマセットがソバルディを開発。同社をギリアドサイエンシズが買収し、販売を開始。
価格は3ヶ月分で84,000ドル、1錠1,000ドルに設定され、その売上高は325億ドル(利益率55%)を記録した。
この価格に対し、ギリアドサイエンシズは猛烈な批判を受け、フランスでは24000€に値下げされたが、いずれにしてもこの薬代を払える人は一部の高所得者であることは間違いありません。
白血病遺伝子治療薬『キムリア』
ペンシルベニア大学研究チームが公的資金を受け開発された、白血病遺伝子治療薬キムリア。ノバルティスが共同開発者として特許を取得し、32万ユーロという価格で販売。
本件に際し、ノバルティスも取材は拒否。プレスリリースで応じました。
→新薬の価格決定は、患者、医療制度、社会における重要性を勘案します。個人の収入や経済状況も考慮し、継続を可能とする価格としています
キムリアは一度の投与で良いため、価格が高くなってしまうのはしょうがないというのがノバルティス の言い分であるが、批判が強く、約30万ユーロに値下げ。 とは言え、ソバルディと同様この薬価を払えるのがどのような人かを考えれば、製薬会社にとって「命の価値」が平等ではないことは明白です。
コロナに効果があるかも?『レムデシビル』
ギリアドサイエンシズがエボラ出血熱の治療薬として開発、販売している『レムデシビル』が、コロナウイルスに効果が期待できるとし、2020年3月にギリアドは国にオーファンドラッグ申請を出しました。
オーファンドラッグとは、患者数が少ない難病に使用される薬(患者数20万人以下)で、認定されれば法律上の優遇措置(市場7年間独占、審査が優遇、販売認可が早く降りる)+20年の特許(通常)が得られるというもので、2020年3月時点では、アメリカでのコロナウイルス感染者は4万人だったため、申請が可能でした。
オーファンドラッグに指定されれば、新しいジェネリック医薬品が開発されても、アメリカでは販売できないということを意味します。
ギリアドは申請と同時に、レムデシビルのオーファンドラッグ指定を見越し、70か国に特許申請。そして、レムデシビルはトランプ大統領によってオーファンドラッグに指定されてしまいます。
これに対し、サンダース上院議員が取り消しを求めツイート。
→トランプ政権がギリアドに対し、7年間の独占権を与えたことは常軌を逸している。
ギリアドの卑劣な手法にアメリカ中から批判が殺到し、ギリアドは指定の取り消しを申請。
そもそも世界的なパンデミックの治療薬をオーファンドラッグに申請すること自体あってはならないことで、しかもそれが認定されてしまうなんて論外。知的財産権の濫用以外の何物でもありません。
ギリアドはロビー活動にも精力的で、「ギリアドは素晴らしい」とトランプ大統領も頻繁に発言していました。
本人は全然理解せずに、会見で「レムデサーボワ」と言っていましたが、、、
まとめ
たくさんの例をもとに、ビッグファーマによる利潤追求ビジネスの本質を見てきましたが、このような問題が起こる大きな原因は、国が金銭面(審査の手数料)で製薬会社に依存しており、持ちつ持たれつの関係にあることです。
冒頭でも挙げたとおり、製薬会社の事業規模やパワーは世界的に見ても巨大で、動く金額は年間で数十兆円です。
日本では厚労省、アメリカではFDA、欧州ではEMAといった機関は、製薬会社から入る金銭に依存しているため、よほどのことがない限り製薬会社に強く当たることはしないし、出来ないといった状況です。
また、製薬会社は利益追求の手段の一つとして、既存の薬剤をちょこっとカスタマイズして新商品として売り出します。ルセンティスが例として取り上げられていましたが、プロトピックやネオーラルも正にこれに当たります。
いかに製薬会社が通常の企業と同じく利潤追求型の一企業であるかということ、命の価値をどのように測っているかということが改めて認識できる内容だったかと思います。
この番組でのひとつの光明となるのは、デパキンのケースのように、被害者が団結して国や製薬会社と戦えば、勝てる見込みがあるということ。ステロイドの長期外用による被害者の数は相当数に上りますし、プロトピックでは死者も出ています。
何より、まずはご自身、そして周りの人が真実を見極め、被害に合わないようにする、あるいは被害を最小限に食い止めること。そして、間違っていることは間違っていると自信を持って言えるよう、周囲を巻き込み、アトピーをはじめ、副作用で苦しむ人が一人でも少なくなる世の中になればと切に願います。