例:朝日新聞
次に、少し古いですが、他社との対比が浮き彫りになった顕著な例として、2001年の朝日新聞の記事があります。2001年8月4日の朝刊に、
【65%が靖国参拝に反対】
という見出しが躍りました。これは、当時の首相小泉純一郎氏が、8月15日の終戦記念日に靖国神社を公式参拝すると表明し、日本だけでなく、中国、韓国も大騒ぎになりました。これに対して新聞各社が世論調査を行ったところ、朝日新聞の以外の各社では、賛成が反対を上回る結果となったにも関わらず、朝日新聞だけが他の新聞各社とは正反対の【65%が反対】という結果となったのです。以下、2001年8月4日朝刊、朝日新聞が行ったアンケートの記事を引用します。
小泉首相は、終戦記念日の8月15日に靖国神社へ参拝するといっています。あなたは、小泉首相が靖国神社参拝に積極的に取り組んでほしいと思いますか。それとも、慎重にした方が良いと思いますか。
積極的に取り組んでほしい 26%
慎重にした方が良い 65%
その他、答えない 9%
読者の皆様ほとんどが、答えの選択肢に違和感を覚えたのではないでしょうか。通常の感覚で言えば、参拝の是非を問うアンケートであれば、『賛成』と『反対』、この二つの選択肢が必要です。当時の民意は、首相の靖国神社参拝賛成に傾いている。事実、他社の調査では、どこも参拝賛成派が反対派を上回っていました(ちなみに、讀賣新聞の調査では、賛成40%、反対34%)。しかし、そこは朝日新聞。ハンドルを左に切りすぎて、ハンドルが取れているにも関わらず爆走を続ける朝日新聞は、『靖国参拝賛成多数』なんて死んでも書きたくありません。どうすればいいだろうか。そこで朝日新聞は、これまで培ってきた叡智を結集し、『反対派多数』と記事にするための選択肢の作成に成功したのです。
確かに、当時の国民の多数が靖国参拝に賛成していましたが、日本の国民性から考えて、『別にいいだろう』『外国から口出しされるのはなんか違うよねぇ』といった中道的な賛成派の方が大勢いました。そのような方は、『積極的に』と書かれた選択肢を選ぶことに躊躇を覚えるに違いない。そうなると、賛成派の票は『積極的に』と『慎重』の二つにばらける。しかし、反対派が選ぶ選択肢は『慎重』か『その他』しかありません。そうなると、『慎重』に票が集まるのは間違いない。朝日新聞はそう考えました。
ここまででも「よくぞここまで」と感心するのですが、これだけではありません。このアンケートの一番のポイントは、『慎重にした方が良い』という選択肢そのものです。なぜかといえば、この選択肢は、賛成、反対どちらにも取ることができるというところにあります。この『慎重にした方が良い』だけでは、『諸外国の反応も注視しながら、慎重に参拝するべき』という意味なのか『もう一度、慎重に参拝を考え直すべき』なのかがわからない。どちらとも取ることができるのです。では、なぜこのようなどちらとも言える選択肢にしたのか。答えは一つ。『積極的に』を付け加えた選択肢だけでは不安だったので、より確実に賛成派に『慎重』を選ばせるよう、どちらとも取ることができる選択肢を作成したのです。これを単に『反対』としてしまうと、賛成派は『積極的に』を選択してしまう。それだけは避けなければならない。
そして、朝日新聞の努力は功を奏し、狙い通りの結果を収める事が出来ました。そして、『慎重』派を反対派として記事にすることに見事成功したのです。
この方法は、質問や選択肢の言い回しによって、望み通りの回答を得られるように誘導する誘導尋問的な手法で、こちらの手法もメディアや官公庁、詐欺師等あらゆる場面で使われています。
例:厚労省、読売新聞
最後に、これも少し古いですが、政府が関連した調査について。1989年4月21日、読売新聞に次のような記事がでました。
【ゴミ、ドーム130杯分/過去最高、5000万トンに迫る】
というモノです。1988年度に日本全国で出たゴミの総量が過去最高の約4800万トン、東京ドーム約130杯分に達していたことが、厚労省の緊急集計で明らかになりました。厚労省はその結果を受け、放置すると町中がゴミだらけになりかねないとして、OA化(プリンターやファックス)で急増している紙ゴミの再利用や、使い捨て容器の利用自粛なども含む幅広いゴミ対策に全力をあげる、という内容です。
これは、調査自体が問題ではありません。故意に読者を驚かせる、あるいは危機感を抱かせる表記に意図があります。では、なぜ厚労省は緊急集計を行ってまで、国民に危機感を持たせる必要があったのか。この調査報告記事のすぐ脇に、次のような見出しがあります。
【粗大ゴミ有料化/減量目指し東京都方針】
もうお分かりでしょう。政府は、
「ゴミが増加しているので、廃棄料を取ることにします」
という政策に対する反対を事前に抑えるために、先の緊急集計を行ったのです。この事例に対して、日本の社会学者であり、谷岡学園理事長、大阪商業大学学長を務める谷岡一郎氏が、著書『社会調査のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ』で、以下のように述べています。
「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ/谷岡一郎著
『この政策の必要性は認めるにしても、官公庁による調査とマスコミ利用に一定の歯止めをかけなくては、今後どんな目的で使用されるか心配である。そういえば、薬害問題や年金問題など、いろいろ問題を抱えているのは厚生省ではなかったか。(中略)他の官公庁や地方も含む政府関連組織は、何かというとすぐアンケートや調査をやりたがるが、そのわりには調査の何たるかをまるで理解していない。重要な政策を決めるデータであればこそ、より綿密なプランと正確な実施が要求されるべきであろう。』
もし仮に、私がメディア関係者だとして、この粗大ゴミ廃棄有料化に対して、賛成多数と報道できるアンケートを作成するとしたら、以下のような方法をとるでしょう。
先日、厚労省が発表した日本全国で出たゴミの総量は、過去最高の4800トン(東京ドーム130杯分)となりました。このままでは、世界第2位の経済大国として世界から注目される美しい日本がゴミだらけになりかねないと危惧した政府は、粗大ゴミ廃棄を有料化することを検討しています。あなたはこの件に関してどのように思われますか。
- そうするべき
- 仕方がない
- 反対
この結果がどのようになるか、想像するのはそう難しくはないでしょう。